「失われた牛(自己)を探し求める旅。しかしそれは最初から失われてはいなかった…」
『鉄鼠(てっそ)の檻』という作品はご存知ですか?
箱根の山奥、深深と降り積もる雪に埋もれた謎の禅寺で、連続して起こる僧侶の殺人。
次々と「不可解」としか言いようが無い殺人事件が続く中、いつも通り小説家の関口巽は深入りし、我が道を行く探偵の榎木津礼二郎はさんざんっぱら現場を荒らし、そしてミステリで言うところの「探偵役」である古本屋の京極堂こと中禅寺秋彦が事件を収束させる為に「憑き物」を落とす。
(繊細で頑丈な、足で稼ぐ刑事の木場修太郎は今回出番なし。残念です。)
京極夏彦さんのデビュー作『姑獲鳥(うぶめ)の夏』(講談社刊)から続く、シリーズ第4作目です。
「山奥の禅寺」という非日常な舞台、犯行が不可能としか思えない状況、難航する捜査、などなど。
私は『鉄鼠の檻』がシリーズ作品の中で一番ミステリしている気がして好きなのですが、皆さんはどうでしょうか。
京極夏彦さんは内容のみならず物理的にも分厚い本を数々出されていますが、ノベルス版の『鉄鼠の檻』もなかなかのもの。本棚から落ちて頭に直撃しようものなら悶絶間違いなしの重量級です。
その800ページ以上ある本書を(何故か)「ピクミン」のCMソングをえんえんと聴きながら(曲時間3分3秒)読んだのが、なんだか懐かしいです。
今でも「鉄鼠」とか「檻」とか見たり聞いたり思い出したりすると、何かが引っこ抜かれたり食べられたり、頭の中でぐるぐるします。まさに無常・・・。
そんなことはどうでもいいのです。
本書には、禅の入門書として読めるぐらい、随所に解説が入っています。その中で、物語も佳境に入ろうかという中盤の大きな山場、「鉄鼠」に憑かれた禅僧に京極堂が「憑き物落とし」をするその直前、「十牛図」について解説をするくだりがあります。
「十牛図」とは簡単に言うと、悟るまでの経緯を描いた10枚の絵です。
上田閑照さんによると「十牛図と言われるのは、求められている『真の自己』が自己実現の途上において牛の姿で表わされているからである。」(ちくま学芸文庫『十牛図 自己の現象学』p31)とのこと。
そのシンプルな構図、ユーモアすら感じられる10枚の絵に興味を持ち、学生時代に『十牛図 自己の現象学』を読んでみたのですが・・・。
奥深いことだけが分かったという阿呆な感想しか持てませんでした。
絵だけを追って行けばなんていう事は無いのかも知れず、いやいやそんな理解ではあなたダメでしょう、とも思ったり。
もう一度、読んでみるつもりです。今なら少しは分かるのでしょうか。
さて禅に関わるもので「十牛図」の他に良く思い浮かべるものの1つに「公案」があるかと思います。
秋月龍珉さんによれば「『公案』とは、”禅の修行者に課せられる一種の試験問題”です」(講談社学術文庫『無門関(むもんかん)を読む』p3)とのこと。「禅問答」というほうが耳にするかもしれません。
『無門関を読む』は中国宋の時代(1183~1260)に無門慧開(むもんえかい)和尚が編集した公案集『無門関』を、一般向けに読みやすく解説した本です。
本書では、禅師に「仏とはどんなものか」を問う「雲門屎?」(うんもんしけつ)や、一切諸仏を奴隷とするのは何物か、と問う「他是阿誰」(たぜあすい)など48の公案が紹介されています。
修行となると少し大げさかもしれませんが、この冬、ひとつじっくりと取り組んでみるのもいいかもしれません。
さて禅といえば「坐禅」も忘れてはいけません。
坐禅に関する本は、それこそ星の数ほど出版されていますが、今回は曹洞宗僧侶である藤田一照さんの『現代坐禅講義 只管打坐への道』(佼成出版社刊)を紹介します。
本書の特徴として、坐禅は方法や手段(例えば「くつろぐため、リラックスするため」など)としてではなく、坐禅することそのものを目的として書かれているところが上げられます。
「坐禅して、それからあらためてくつろごうとする努力が始まるのではなく、坐禅をするそもそものはじめの一歩からすでにくつろぐことになっていなければならない」(p25)
「作法にのっとってただ正身端坐(しょうしんたんざ・正しい坐相で坐ること)をねらってひたすら坐ることに徹底する」(p26)
臨済宗の僧侶や気功師の方々との対談が収録されていたり、写真、図版などが数多く使われていたりするので、少し専門的ではありますが、とても読みやすいです。
坐禅をしていても上手くいかない方、心構えや方法に悩んでいる方はもちろん、これから始めてみようと思っている方にも読んで頂きたい本です。
最後になりますが、冒頭で紹介した『鉄鼠の檻』、ぜひとも再読をお勧めします。
解決部で明かされた「とある知識」を念頭に置いたうえで改めて読み直してみれば、実は冒頭部分と、その後登場人物が出そろったところで犯人が特定できるのだ、という衝撃と驚愕。
でも先生・・・、こんなのわからないですよ。
《コラムで紹介した商品》

◆『鉄鼠の檻』
価格:1,540円+税
発売:講談社ノベルス

◆『十牛図 自己の現象学』
価格:1,100円+税
発売:ちくま学芸文庫